「二畳で豊かに住む(西和夫著 集英社新書)」絶賛5 安東勝男の小住宅
第8章「建築家提案の最小限住居」で
終戦直後の昭和21年若き建築家安東勝男が発表した小住宅と称する小冊子について紹介している。
西氏は次のようにまとめている。
「戦争で多くの人は家を焼かれ焼け跡や田舎に分散し小屋住まいや間借り生活を余儀なくされている。材料は入手難という大きな困難がある。
そこで安藤は困難な状況に対処し、かつ接客のための構や廊下等を除去して面積を節約する、という解決策を示した。土間を活用した住宅である。」
土間に玄関や廊下を不要とする狙いがあったとは気が付かなかったが考えてみればそのとおりだ。
気が付かなくてもそうしていることが多い。
髙村光太郎の山小屋も、江戸時代の長屋もこれに近い。
土間∔和室一間が究極の持続性ある小住宅なのかもしれない。
この4円50銭の冊子、手に入らないと思うが持っていたらすごい価値だろう。
西氏、ウイキペディアで見たら建築史学会の会長も務めているが先年亡くなっている。
目神山住宅の石井修氏同様残念。
掲載してくれた西氏と出版してくれた出版社そして図書館に感謝だ。
2017.3.9記
「二畳で豊かに住む(西和夫著 集英社新書)」絶賛 4
住居について語る著作であるが、短期的な利用目的の建造物にも論を進めている。
7章 四国村はずれのお茶堂―遍路たちの一夜の宿―はかなりのスペースが費やされている。
そこで、氏の幅広い感性は高群逸枝の種間寺での壮絶な腰掛に腰かけたまま一夜を明かす様に触れている。
このシーンは私も辰濃和男氏も触れているところで、建築史家も感動してくれるかと思うと逆に遍路経験者としては嬉しく思う。
私の既述の引用が詳しいので再掲させてもらおう。
以下引用
疲れた足を引きずって34番本尾山種間寺(もとおさんたねまじ)に着いたのは,既に暮れきって四日か五日の玄月が寂しく,淋しく林の上に照っている頃であった。
札所のそばには宿があると聞いてきたので、そこにいくと、お見かけどおり沢山なお客さんで始末に困っている。気の毒だけどお断りという。
仕方がない、とにかくお寺に行こうというので山門を入って、本堂に礼拝し納経を願い、通夜さして下さいと頼んでみると通夜は一切お断りしているという。
では歩きましょう。こういって私は静かに笑った。もう心もすっかり落ち着いてきた。泊まるも歩くも五十歩百歩のみ。
しかもこのさみしい夜空の下をとぼとぼと辿るー私はも早や一徹その気になって、おじい様を促した。でも、お爺さんは疲れている。「特別に」という僧の許しを得て草鞋もとかず、大師堂の前の腰掛にキチンと掛けたまま一睡もしないで夜を明かした。
随分と夜は長い。
詳しくは四国遍路の記録第34番を。
「二畳で豊かに住む(西和夫著 集英社新書)」絶賛3 資料性と文学性
長所の3 資料性に富むこと
菅の船頭小屋について
見取り図や写真の添付もそうだが記述内容はきちんとしたもので資料性に富んでいる。
菅の船頭小屋については私も一目ぼれし、どこかにまとまった資料はないかと考えていたが本書では実に17ページにわたって詳細に書いている。
写真のほか、歴史、言い伝え、童謡にまで触れている一大論文だ。
東京都調布市と川崎市菅とを結んでいた船頭小屋は現在川崎市立日本民家園にあると教えてくれているのでその点、後の研究者も助かるだろう。
黒沢明が百聞をモデルにした映画「まあだだよ」に出てくる小屋についても忠実には再現していないと述べ、子規庵についても関東大震災で立て直し修復し、二次大戦では全焼していて間取りは別として家自体は子規が明治27年から暮らした家ではないと明言し学者らしく客観性を大切にしている。
長所の4 西氏は文系的感覚の持ち主のようだ。
理工系学者というとどこか無機的でうるおいにかける気がするが氏はそうではない。
建築学の特徴か、あるいは建築史という歴史、民俗、美術史との関係を不可避とする専攻のせいか、個人の資質かわからない。
「病床のガラス戸」という項目建てとその中での引用に文学的感性を感じる。
子規の病室の南面は元は障子紙であったが明治35年にガラス戸に替えている。
子規はわざわざその喜びを手紙で漱石に書いている。
「昼間日光を浴びるのが何より愉快」、
ガラス越しに雲を見ることなど不可能な贅沢とあきらめていたが実現して命が伸びるような気がする。
松の枝が寒そうに動き、スズメが2,3羽来て忙しく飛び回る。これを見るのが面白いとある。
たまたま昨日と今日の朝日新聞の夕刊で建築家の藤森氏の特集を読んだ。
彼の行動はかねてから面白いと思っているので興味深く拝読。
藤森氏は高校時代に建築には理系と文系要素があると言っている。建築特に進んだ建築史のコースは文系要素が大きそうだ。そんなことも西氏同様建築家としては独特、一般人からしたらわかりやすい成果を出すことにつながったのかもしれない。
前回述べたオフコースの小田和正と東北大で同級で、小田は学生時代から車を乗り回し、藤森の下宿に来ても汚いといって部屋には入らなかったそうだ。
2017.3.7記
「二畳で豊かに住む(西和夫著 集英社新書)」絶賛 2 長所
長所の1 設計図(見取り図)の記載があること
この本が学術書、そこまでいかなくても建築学徒・建築ファンにとって非常に有効な参考書になりうるのは重要な写真と設計図見取り図が用意されていることだ。
すでに述べている高村光太郎の山小屋については本人の設計図とともに実際に住んだ小屋
(移築)の平面図双方の記述がある。
永井隆の如己堂についての平面図、船頭小屋について見取り図、河東碧悟桐が描いた子規庵平面図,茶堂見取り図など図面があるだけでどれほど理解しやすくなることか。
内田百閒の夫婦二人で住んだ二畳の間については見取り図はないものの写真を掲載してそこから推理小説のなぞ解きををするかのように小屋の様子を推し量っているから興味深い。
長所の2 価値ある写真の掲載が多い。
奈良写真記念館の写真について勝手ながらレベルはどうもと思っているが、本書掲載の写真はすごい。
紙質の良くない新書の小さな白黒写真という最低レベルの条件でありながら内容の高さがわかる一級の写真が載っている。
高村光太郎宅での土門拳や濱谷浩の写真には鳥肌が立つ。写真家は星の数ほどいるがやはり土門はその中でもダントツと思う。
これを載せた西氏はこれだけでもご立派。
2017.3.6記
「二畳で豊かに住む(西和夫著 集英社新書)」絶賛1
①図書館で目にし、手に取ったこの新書。
2011年初版というからまだ新しい。
世の中、小さな家づくりに興味を持つ人がとても多い。
実際に作ったり論文を書いたりする人も多い。
世界的に著名な建築家から無名のお父さんまでいろいろ。
不法占拠地にベニヤ板とビニールで作り健康被害の発生と警察沙汰を引き起こしそうなものもあるが、本書はそんないかがわしいものではない。
幅と深さを持つ本格的な内容。
頭の良さの表れだと思うが読みやすく、わかりやすく書けている。
とにかく小さな家で重要と思われることについてほぼ網羅的ともいえる言及がなされている。
1内田百聞の二畳
2高村光太郎の山小屋
3永井隆の二畳
4菅の船頭小屋
5漱石の下宿
6子規の病床
7四国のお茶堂
8建築家提案の最小限住居
8ではシューマッハのスモールイズビュウテイフル、コルビジュ、バートンの小さいおうち、茶室、カプセルホテル、西山宇三、江戸時代の長屋や建築家安東藤勝男の提案まで触れられている。
小さな家について考えるにはこれ1冊で十分な感じがする。
日本建築学会賞、小泉八雲賞を獲るだけのことのある人だ(神奈川大名誉教授)。
今日たまたまヤフーニュースを見ていたらあのニューミュージックの小田和正さんのことが載っていた(東北大建築科卒 早大大学院建築学修士)。上に出ている安東勝男教授とのやり取りまで書いてあるではないか。
すごい偶然。まさにスモールワールドの世界だ。
手軽な名著だと思うので引き続き紹介させていただこうと思う。
2017.3.1記