短命と長命 滝、樋口、寂聴
滝廉太郎記念館リニューアル?のニュースを聞いた。
そこには2~3年間しか住んでいなかったらしいけど。
有名人になるとそのわずかな期間でも元居住地に大切にされるようだ。
ラフカデイオハーンの住居跡もその程度の居住期間だったし。
そのことより廉太郎は24歳そこそこの人生であれほど多くの国民に愛され続けている作品を残せたのだから驚異的だ。
ほぼ同じように結核で短命で亡くなった樋口一葉も最後の1年半で怒涛のように名作を書き、残した。
燃え落ちる直前の線香花火のような過度と言えるほどの集中した創作の日々だったんだろう。
もし、自分が24歳で亡くなったとして何が残ったのだろうか。
ゼロだ。間違いなく。
墓石の片隅に小さく名前が彫られるだけで終わっただろう。
そして御影石の名前も200年たてば大体判読不明となって終わる。
友人はそのあたりの年齢でNHK/毎日の音楽コンクール作曲部門で入賞したが短命ではなかったので病気にもならずに音楽大学の教授になった。よかったね。
寂聴は夫と幼い娘を捨てて若い男と出奔した。言ってみれば金子みすゞと真逆な鬼畜のような生き方だ。それが長生きして文化勲章までもらって人に道を説く人になっているとは。
寂庵の建物はそれなりに面白かったが彼女の人格・作品は?だ。
晩節を汚すということもあるわけで短命と長命、総決算するとまるで異なってくる。
2017.12.8記